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【旅のコラム】はじめての小笠原諸島 旅行記 その14~コペペ海岸~

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ブログをご覧いただき

ありがとうございます。

 

本日は

【はじめての小笠原諸島旅行記】その14

をお届けします。

 

★前回の記事★

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父島滞在2日目は原付で島を1周。

午前中は雨も降りましたが、

午後になると晴れてきました。

 

初寝浦、USKコーヒーの次にやってきたのは

コペペ海岸

です。

 

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ギルバート諸島出身の先住民

コペペさん

が利用していたことがその名の由来。

 

さっそく海に入りシュノーケル。

前日「子ガメの放流」をしたのもコペペ海岸。

ということで、

まだ泳いでいる子ガメがいないか探します。

 

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ナンヨウブダイです。

沖縄ではイラブチャーと言われています。

しばらくカメを捜索しましたが

見つかりませんでした。

無事みんな外洋への旅へと出たのでしょう。

 

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ここで、コペペさんの出身地

ギルバート諸島の場所を確認してみましょう。

地図に4つのピンが載っていますが、左から順に

小笠原→グアム→ギルバート→ハワイ

という位置関係です。

 

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小笠原の海の蒼さは

ボニンブルー

と呼ばれます。

 

「ボニン」って何?

そう思いますよね。

一般的には

「波照間ブルー」「ヨロンブルー」

など「地名+ブルー」です。

 

実は小笠原諸島、英語名は

Bonin islands

と表現されます。

 

無人島(ぶにんじま)」が訛って

ボニン島と言われたことが由来です。

 

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小笠原諸島に初めて人が定住したのは

1830年のこと。

欧米人5人と20人のハワイの人々

父島に上陸しました。

 

当時は捕鯨の全盛期。

捕鯨はクジラを食べるためではなく

クジラが持つ「油」が目的でした。

 

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今でもホエールウォッチングが盛んな小笠原。

写真の背後に写っているのが父島です。

島からこんなに近いところで

冬の時期、クジラたちが繁殖活動を行います。

 

はじめに移住した欧米人とハワイの人々は

父島に寄港する捕鯨船に食料や水などを

供給して生計を立てていました。

つまり父島には様々な国の人々が

出入りしていたというわけです。

 

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きっとコペペさんも

その時代に父島にやってきたのでしょう…

 

日本の統治になったのはその後のこと。

1876年に明治政府によって

小笠原が日本領となり、

欧米系島民も日本に帰化しました。

 

小笠原ではフラダンスやウクレレなど

島民の方がハワイの文化を楽しんでいます。

 

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こちらは「南洋踊り」

大正末期、欧米系島民がサイパンで覚え

島に伝えたと言われています。

 

カカといわれる

打楽器のリズムに合わせて踊るのですが、

唄の歌詞は意味不明です(笑)

 

ウワドロフィ イヒヒ イヒヒ

 

これが歌詞の一部です。

その意味や由来は今も分かっていないとのこと。

 

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小笠原諸島の南洋踊りは

東京都の無形文化財に指定されています。

 

小笠原に日本人が住むようになってから

まだ150年くらいしか経っていないのです。

 

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南の島の優しい海風に吹かれ、

そんな歴史のロマンに想いを馳せるのでした。

 

今回はここまで。

本日もありがとうございました。

 

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~移住2年目 24日目終了~